





ここ数日、真夏並みの気温となり、屋外で仕事する方々は大変です。
ガス部 高口です。
梅雨入りもまだだと言うのに、この暑さ、先が思いやられます。
「今年の夏は越えれるだろうか?」50歳を過ぎたころから、毎年この時期思うようになりました。
体力、精神力の限界が、歳とともに見え隠れしている気がします。
部下のメンバーが同じ事を言えば、間違いなく「越えれるだろうか?」ハァ~ 他力かい!
「越えてやる!と言う自力が大切」と言うでしょう。
言うは易し、行うは難し と思われぬよう、越えてやりたいと思います。
さて、今週は、土木事業のお客様の依頼で、分譲地への水道引込工事を行います。
先週、工程の打合せをし、今週水道工事を行う時間を頂きました。が・・・
「今週、中頃までは予定一杯」と工事担当の野田君、週後半は雨予報・・・
とりあえず本日、材料手配と水道管埋設ラインを現場に書きに行きました。
後は、どう収めるかは今夜、晩酌しながら考えることにしよう。(どうにかなるさ・・笑)
話は変わります。
今朝、ゴミ置き場の掃除をしていると、解体作業にて運ばれてきたタンスの中敷きに昭和51年9月2日の新聞が出てきました。
しかもスポーツ面、掃除をやめ見入ってしまいました。
パリーグの成績表を見ると、懐かしい球団名
南海、阪急、近鉄、太平洋、今も存在するのは、ロッテ、日ハム2球団
セリーグは、大洋以外は今も同じ、
観客数を見ると、阪急×太平洋戦 4,500人
巨人×大洋戦 49,000人
パリーグは、球団経営もままならないはずです。
今では、考えられないくらいの人気度の違いです。
何を期にパリーグ人気は上向いたのでしょう?今度調べて見たいと思います。
ともあれ、選手名を見ても懐かしい限りです。
野球少年だった小学生の頃、よく親父に平和台球場へ連れてってもらった事を思い出しました。